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Walled Obelisk

コンスタンティヌス の柱」とも呼ばれるこの記念碑 は、かつての競馬場 の中央に誇らしげに立っている。そのたたずまいは周囲に溶け込んでいて違和感がないが、実はこの記念碑が立てられたのは競馬場が築かれてから500年も後のことだ。また、この記念碑が「切石積みのオベリスク」と呼ばれるようになったのは、コンスタンティヌス7世 によって修復とさらなる装飾が施された10世紀以降のことだ

オスマン 帝国による征服後、競馬場が完全に使われなくなり、施設の修理も行われなくなったが、記念柱はイェニチェリ のお気に入りの場所として訓練や登はん競争に使われたそうだ

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