ASSASSIN'S CREED Wiki
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Topkapi Palace

ビザンツ帝国 衰亡の時代、かつて壮麗だった宮殿の多くは廃墟と化していった。数世紀におよぶ戦争と経済の破綻が原因だ。コンスタンティノープル征服の後、メフメト2世 はそれまでに築いた施設を無視し、半島の先端に位置する戦略上の要所、第一丘陵に新たな宮廷を開くことにした

この新たな宮殿は、当初はイェニ・サライ(新宮殿)と呼ばれ、1459年に着工し、10年の歳月をかけてひとまず完成したが、その後のスルタンも増築を繰り返した。トプカプ 宮 の規模が最大に達したのは、50年におよんだスレイマン 大帝の治世のことだ

それから数世紀、トプカプ宮はスルタンの権力の中枢として機能しつづけた。将来、皇族の妻となる女性たちを育て、教育するハーレム、謁見の場所であるディヴァン、イェニチェリ の兵舎、スルタンの個人的な住居など、ここにはスルタンが帝国の統治者として君臨するのに必要な物がすべて集められていた

ただ、中には変わり者のスルタンもいた。たとえばバヤズィト2世は、その治世の晩年、一時的に北のエディルネに居を移した。そのおかげで我らがアサシン たちは、見つかることをそれほど心配せずに宮殿をうろつけたというわけだ

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